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大阪地方裁判所 昭和35年(行)41号 判決

原告 有限会社 松宮封筒社

被告 大阪国税局長

主文

一、被告が昭和三五年五月一七日付でした原告に対する審査処分を取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告の申立、主張、立証等

(一)  請求の趣旨

主文第一項同旨の判決を求める。

(二)  請求の原因

一、原告会社は生野税務署長の管轄区域内で封筒製造を営んでいるものである。

二、原告会社は右税務署長より青色申告書の提出を承認されていたところ、昭和三四年九月二三日同税務署長は原告会社に対し「法人税法(以下単に法とあるは法人税法を指す)第二五条第八項第三号に該当する」という理由を附した通知書(甲第一号証)により、昭和三三年四月一日より昭和三四年三月三一日までの事業年度以後の青色申告書提出の承認を取り消された。しかし原告会社は右条文に該当する事実はなかつたので、同年一〇月二四日同署長に再調査の請求をしたところ、三ケ月内にそれに対する決定の通知がなく、右調査請求は被告に対する審査請求とみなされることとなつた。被告は昭和三五年五月一七日付で法第二五条第八項第一号に該当するから、生野税務署長のなした青色申告書提出承認の取消処分は相当であるという理由を付して原告会社の審査請求を棄却する旨の決定を原告に通知して来た。

三、しかし被告のなした審査の決定は次に述べる理由により違法である。

(1)  生野税務署長が前記のとおり法第二五条第八項第三号に該当するという理由で青色申告書提出の承認を取り消したのに対する審査として同項第一号に該当するから第三号に該当するとした原処分は正しいというのは筋のとおらない理由である。

原告の再調査請求は第三号に該当するか否かの調査を求めると明記している。同条項の一号か三号かは非常に重要な問題で、一号は備付の帳簿書類の処理に不備な点があるという程度のものであるが、三号は取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載するなどの書類の記載事項全体について、その真実性を疑うに足る不実の記載がある場合に適用される納税者として極めて不名誉な条項である。その故にこそ同法同条第九項には「第八項による取消処分の場合にはその取消の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記せねばならない」と規定されている。この点よりするも、各号そのものが処分の単位であり、審査請求の目的とすべきものである。

所得税法に関する基本通達六六二に審査の基本精神ともいうべきものがあり、この趣旨は法人税の場合にもあてはめうると考えられる。同通達では審査決定の場合請求者に対し、原処分以上の不利益な処分をしてはならないとあるが、この意味は原処分が軽過ぎる場合は勿論、請求者の経理から現に審査の対照となつているもの以外の、請求者にとつて不利益な資料が出て来た場合でも厳正公平であらねばならぬ審判の性質上、原処分を認めるか請求者の請求を認めるか、又はその中間をとるかであつて、それ以上の不利益な処分を課してはならないという常識論から出たものである。したがつて請求の目的となつた処分、すなわち法第二五条第八項第三号には一言もふれず、他から持ち込んだ第三号に関係のない資料をもつて第一号に該当するとなすがごときは請求者に不利益な処分である。

被告がなす審査の決定は法第三五条第五項の各号による以外に方法はないが、法第二五条第八項第三号を第一号にすりかえた被告の決定は法第三五条第三項のいずれの号にもあてはめることができず、被告の決定は根拠条文を欠き違法である。

被告は法第三五条第五項第二号により棄却の決定をしたと主張するが、右第二号は審査請求の全部について理由がないと認めるときに限りなしうる条項で、原処分庁の第三号による処分の不当を原告の主張どおり認めながら、反面第一号によつてする以上それは棄却ではなく、処分の変更であり、法第三五条第五項第二号に該当しない。審査の請求の目的をすりかえては審査にならない。

(2)  被告は原告会社の現金出納帳の記載要領の不備を指摘しているので原告会社の現金出納帳の記載要領について説明すると、原告会社は現金出納の都度入出金伝票を作り(領収証を出金伝票に代用することがある)、その残高を記入し、この入出金伝票より現金出納帳に移記している。

(イ) 被告は原告会社の現金出納帳の記帳が相当日数遅れていると主張(被告主張二の(1))するが、入出金伝票は入出金の都度作られており、この伝票から現金出納帳の転記は四、五日ないし一週間毎にまとめてしている。それは決して法第二三条第八項第一号に該当しない。

(ロ) 被告は残高も昭和三四年八月四日までしか記入がなかつたと主張(被告主張二の(1))するが、右は事実に反する。井上事務官が来社した八月一一日の前日すなわち一〇日の昼頃、現金と伝票とを照合し、最後の入出金伝票の余白に残高を記入しておいた。その後井上事務官が来社(翌一一日)調査されるまで、一五〇円と七九〇円とを支出したゞけで、八月四日までしか記入しなかつたということは断じてない。

(ハ) 被告は会社の金銭残高をメモのように鉛筆書きしており現金在高不明であると主張(被告主張二の(1))するが、現金在高は判然としている(甲第三号証参照)。現金在高が現金出納帳の残と二一〇円くい違つていた事実は現金在高が判然としている証拠である。この二一〇円の誤算は法第二五条第八項第一号に該当しない。原告会社の入出金伝票は月日、出納先、金額、事由等必要事項を明記しており、被告のいうようなメモではない。

(ニ) 被告は原告会社代表者の給与の支払方法についていろいろ言つているが(被告主張二の(2))、原告会社は日々の資金の操作にも苦悩する貧福な企業なので工員の給与だけは曲りなりにも月末に一括して支払つているが、代表者の給与や家賃まで一定期日にまとめて支払うことは相当困難な実情にあるので代表者個人の必要なとき、会社の経理の可能な範囲内で仮払金として支出し、期末に給料、家賃と仮払金と振替決済しておりこれは税務会計上認められているもので、青色申告取消の事由にはならない。

右にのべたように現金出納帳は存在し現金管理は整然と行われているから、被告のいうようなその他の帳簿書類の真実性が疑わしい(被告主張二の(3))ということはありえない。

(ホ) 被告は山野協議官が調査したところ、依然として帳簿類の記載が相当遅れていたとか、現金残高の記入がないと主張(被告主張二の(4))しているが、原告会社は山野協議官が来社した日の前週の土曜日に大阪国税局を訪れたところ、「担当官はこの審査の件につき今日生野税務署へ出向かれた。いずれ来週初めに貴社へ行かれるだろう」とのことであつた。原告会社は常に経理事務に留意しているが、それでも一層念を入れて万全を期したし、不必要な事務所の整頓まで注意し玄関に打水までして来社を待つた。知らぬ場合はともかく今日か明日かに税務官がみえるのである。まして今、問題が進行中であれば原告ならずとも経理に遺憾なきを期するのは当然であり、山野協議官が指摘しているような事実はあるはずがない。

(3)  被告が主張する事実は真実に反すること右のとおりであるが、被告の指摘している事実の真偽は別として、すべて昭和三四年度分の事実である。昭和三四年度分の事実をもつて、昭和三三年度分の青色申告書提出の承認を取り消すことは法第二五条第八項および法人税法基本通達に違反している。なお昭和三三年度分の経理の実態は既に同年度において生野税務署員の調査を受け、なんらのかしも指摘されていない。

(三)  提出した証拠

書証。甲第一、二、三号証

(四)  乙号証に対する認否

真正に作成されたものであることを認める。

被告の申立、主張、立証等

(一)  請求の趣旨に対する申立

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  請求の原因に対する答弁

一、原告主張一の事実ならびに二の事実中生野税務署長が昭和三四年九月二五日付で「法第二五条第八項第三号該当」の理由を附した書面(甲第一号証)により、原告主張事業年度以後の青色申告書提出承認の取消通知をしたこと、これに対し原告会社は昭和三四年一〇月二四日に再調査請求書を生野税務署長に提出したが、法第三五条第三項第二号により昭和三五年一月二五日に審査の請求があつたものとみなされたこと、被告が同法第二五条第八項第一号に該当するから生野税務署長の処分は相当であるとの趣旨の決定をし、その旨昭和三五年五月一七日付で原告会社に通知したことは認めるがその余の事実は争う。

二、本件審査決定の経緯ならびにその理由は次のとおりである。原告会社は昭和三三年四月一日から昭和三四年四月一日までの事業年度分について、生野税務署長に対し、昭和三四年六月一日に確定申告書を提出した。そこで同署長は同年八月一一日部下職員である井上事務官をして右確定申告書の内容に誤りがないかどうかを原告会社に赴いて調査せしめた。

(1)  この調査の結果原告会社においては金銭出納帳伝票が昭和三四年五月三日まで記入されているにすぎず、同日以後は領収書、仕入書にその日の金銭残高をメモのように鉛筆書きしているが、これも同年八月四日までゞ、その後の記入はなく、調査日現在の現金在高は不明であることが認められた。しかも同年八月四日以後の領収書、仕切書等の原始記録により調査日現金残高を算出し、実際在高と照合したところ、その金額は全く符合しなかつた。

(2)  また原告会社の代表取締役松宮幸治および同人の長男である松宮雅夫に対する給与を定期的に支払せず給与額に関係なく松宮幸治の家事費の入用のつど原告会社必要額を仮払金として支払をなし、当該事業年度末に一括して整理し給与勘定等に振り替えて会計処理をしている状態であつた。

(3)  右の結果によれば調査日現在の状況は会計上もつとも重要な役割をもつ金銭出納簿が存在せず、金銭出納伝票なるものも、三ケ月位記載がおくれている有様で現金管理ができていないのである。したがつてこのような状態では現に記帳されている他の帳簿類もその記載事項の真実性がすこぶる乏しいものといわなければならない。そこで同署長は原告会社を青色申告法人として認めることは適切でないと判断し、昭和三四年九月二五日付で法第二五条第八項第三号に従い、原告会社に青色申告書提出承認を取り消す旨決定し、即日その旨通知した。

(4)  右承認取消処分に対し原告会社より再調査請求がなされ、この請求は法第三五条第三項第二号により審査請求とみなされ、大阪国税局協議団本部の山野芳一協議官が昭和三五年三月七日原告会社に赴き調査したところ、原告会社には依然として帳簿類の記載が相当期間遅れており、その調査日現在において現金出納伝票は同年二月までの記載しかなく、記載を終つている金銭出納伝票も日々の現在残高を記録しておらず、原処分庁の調査した当時と全く同様の状態であつた。原告会社は金銭出納帳を使用せずして金銭出納帳伝票を使用して帳簿にかえているのであるが、原始記録より伝票を作成する期間が相当の日数を経過しており、しかもその保管が不完全である場合には法第二五条第二項、法人税法施行規則第一三条に規定する帳簿が備えつけられ同法所定の事項が記載されているとすることはできない。

(5)  山野協議官は原告会社の青色申告の承認を取り消す理由は法第二五条第八項第三号にするより、むしろ同条項第一号により取り消すことが原告会社の実態に即していると考え原処分庁の処分は結論において正当であるが、その理由は法第二五条第八項第一号によるべきであるとの協議決定を被告に提出した。被告は右協議決定に基づき原告会社に対し審査請求を棄却する決定をしたのである。なお本訴において法第二五条第八項第三号該当事実の存在は主張しない。

(6)  原告は被告の決定は不利益変更処分に当るから違法と主張するが次の理由によりその主張はあたらない。

法第二五条第八項第三号によつて青色申告書提出の承認が取り消された法人が再調査の請求をなし、法第三五条第三項第二号により審査請求があつたものとみなされる場合には、「法第二五条第八項の規定による承認取消の過誤」という事項について審査の請求がなされたものとみなされる(法第三四条第四項、第二五条第九項)のであるから、これを審査する国税局長は「同法第二五条第八項の規定による承認取消の過誤」について検討するものである限り原処分の理由となつた同条項第三号に該当する事実の存否は勿論その他の各号に該当する事実についても原処分にとらわれることなく、すべての点について審理し、当該請求の可否を決定すべきものと解されるからである。被告は法第三五条第五項第二号により請求を棄却決定をしたにとゞまるから、原告のいうように不利益変更処分であるとするのは当らない。

(三)  提出援用の証拠

(1)  書証。乙第一号証

(2)  証人。井上鶴夫、山野芳一の各証言

(四)  甲号証に対する認否

すべて真正に作成されたものであることを認める。

理由

一、原告会社は、生野税務署長の管轄区域内で封筒製造業を営んでいるものであること、生野税務署長は昭和三四年九月二三日付書面(甲第一号証)で、原告会社の昭和三三年四月一日より昭和三四年三月三一日までの事業年度以後の青色申告書提出の承認を第二五条第八項第三号該当の理由で取り消した(以下本件処分という)こと、これに対し、原告会社は同年一〇月二四日再調査請求書を生野税務署長に提出したこと、右再調査請求は法第三五条第三項第二号により被告に対する審査請求があつたものとみなされたこと、被告が昭和三五年五月一七日付で法第二五条第八項第一号に該当するので生野税務署長の処分は相当であるとして、審査請求を棄却する旨の決定(以下審査決定という)をしたことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一号証によると本件処分通知書には取消事由の附記として「法人税法第二五条第八項第三号該当」と記載されているだけである。右通知書によつては原告会社に如何なる事実が存在するものと認めて、その事実を同号に該当するものと判断したのかを知ることができない。しかも右通知に際し、他に原告会社に対して具体的に取消の基因となつた事実を知らせるための処置をとつたことを認めるに足る証拠もない。

法第二五条第九項後段に「当該通知の書面にその取消の基因となつた事実が同(第八)項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない」との規定が設けられた趣旨は、承認がみだりに取り消されることを防止すると共に、その取消処分の争訟手続における攻撃の対象(取消の基因となつた事実)を明確に特定するにあつたことは立法の経過にてらしてあきらかである。即ち同条項改正前は取消通知の際にその事由の通知がなかつたゝめ、処分を受けた者は取消の事由を知るに由なく、争訟手続に於て著しく不利益な地位に立たされていたので、取消事由の附記が強く要望されていた結果、右立法に至つたものである。従つて、取消通知書には取消理由として単に該当法条を記載するのみでなく、いかなる事実を該法条に該当すると認定したのかゞ分かるよう具体的事実を記載することが要請せられているものとする見解もある。もしそうだとすれば本件処分の通知書は、前記の如く処分の基因となつた事実の記載がないから、法第二五条第九項後段所定の事項中重要な部分の附記を欠いているものといわなければならない。

しかし、その点はさておき原告会社に法第二五条第八項第三号所定の不実記載の事実があることについては、被告の主張も立証(証人井上鶴男の証言ではこれを認めるに足らない)もしないところであるから、本件処分は違法のかしを有することはあきらかである。しからば本件処分に対し審査の請求を受けた被告は法第三五条第五項第三号により本件処分の全部を取り消す決定をすべきであつた。

三、被告は、本件審査の請求は、「同法第二五条第八項の規定による承認取消の過誤」について、なされたものであるから、本件処分の事由にとらわれることなく、同項各号のすべての点を審理し、同項第三号該当を理由とする本件処分を同項第一号該当の事実に基因するものとして適法と認め、本件審査の請求を棄却したものであると主張する。

しかしながら、法第二五条第八項各号による処分はそれぞれその理由を異にし、右法条に該当する事実が存在しても、青色申告書の提出承認の取消には、才量によるその当否の認定を必要とし、その認定においては同項各号のいずれの場合であるかにより、その結論を異にすることがあるのは当然(基本通達にもそのことを前提とした定めがなされている)である。

そして青色申告書の提出承認の取消は税務署長(法人税法施行規則第四一条)のみがその権限を有するのであるから、被告は生野税務署長のした本件処分を審査するに際し、新たなる処分をすることができないのはもちろんこれと等しい結果となる本件処分とことなる新なる理由を本件処分に追加して違法であつた本件処分を適法なる処分に転換せしめることもできない。(最高昭二八、一二、二八判、民集七巻一三号一七三頁参照)。

しからば本件処分を支持し、原告の訴願を棄却した被告の裁決は、他の争点につき判断するまでもなく、違法があつて取消を免れない。よつて原告の本訴請求を認容することとし訴訟費用につき民訴第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 中村三郎 神田忠治)

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